2014-09-10

旅立ったチューリップ・安部俊幸さんを想ふ






ファンの皆様へ               平成26年9月9日

「TULIP」のギタリスト安部俊幸は、2014年7月7日に脳出血の為、
住まいのあるインドにて、天国へと旅立ちました。(享年64歳)
葬儀は故人の強い遺志に従い、現地において、近親者のみの密葬にて一切を相済ませました。
ここに謹んでご報告申し上げますと共に、生前応援してくださったファンの皆様、
お世話になった関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
尚、偲ぶ会等の開催に関しましては、御遺族の意向により行う予定はございません。



その日は突然やってきた




2014.9.9 14:27

チューリップのギタリスト安部俊幸さん、脳出血で死去 64歳

脳出血のため死去していたことが分かったチューリップのギタリスト、安部俊幸さん
脳出血のため死去していたことが分かったチューリップのギタリスト、安部俊幸さん【拡大】
 ニューミュージックの草分け的存在のバンド、チューリップのギタリスト、安部俊幸さんが7月7日、脳出血のため居住先のインドで死去していたことが9日、分かった。ビクターエンタテインメントが発表した。64歳だった。
 葬儀は故人の強い遺志により、現地で近親者のみによる密葬の形で執り行った。
 メンバーたちも同社を通じてコメントを発表。財津和夫(66)は「とにかくギターを愛した男でした。彼が20歳の頃に出会って44年の付き合い。青春時代をともに生きてきた大切な友人でした。もう一度ステージで一緒に演奏したいです」と親友の死を悼んだ。
 姫野達也(62)も「突然の訃報にとてもびっくりしています。彼とは10代の頃からチューリップ、そしてオールウェイズで苦楽を共にしてきた仲間であり、僕の一番の理解者でかけがえのない友人でもありました。また一緒にステージに立てると思っていただけに残念でなりません」と無念の思いをしたためた。
 安部さんは福岡県福岡市出身。1971年にチューリップの一員となり、72年に上京し、「魔法の黄色い靴」でデビューした。85年にチューリップを脱退し、オールウェイズを結成したが、のちに活動休止に。その後、チューリップの再結成に参加し、2012~13年にはチューリップの40周年の全国ツアーを行った。







心の一部分をもぎ取られたような、今そんな感覚です。

私の青春の一ページだった人がもう二ヶ月も前にこの世界から高い空へ旅立っていたという事実が発表されました。

今、頭の中が真っ白な状態ですが書ける範囲で記事にしていきます。



時代で顔が違うTULIPというバンド



「心の旅」がヒットした頃は恋の歌なんてまったく理解できない年齢で、私がTULIPを好きになって聴くようになったのは初期メンバーの吉田さん・上田さんが脱退した数年後、いわゆる二期メンバーの時でした。

「初期メンバーしか認めない!」という人にとってはメンバーチェンジ以降に財津さんが宇宙思考に傾倒していった時期はあまり好きにはなれないかもしれません。
私はそういう時期に入っていったので抵抗はなかったですが、後になって昔の曲を遡って聴いていくとやはりメンバーチェンジ前と後ではカラーの違いはあると感じました。

コーラスワークもTULIPの魅力のひとつ。
あの頃は同じレコード会社所属・同年代でほぼ同じメンバー構成のオフコースとよく比較されていました。
私はオフコースも好きでよく聴いていたのだけど、似ているようでいてそれぞれ別の持ち味・カラーがありました。
(オフコースがどうこうという意味ではなく)TULIPはアットホーム感があって聴いていて心がホッとさせられるんだよね。
生ギターコーナーは大ホールでの演奏なのに避暑地のログハウスで親しい人を集めてお茶をしながらくつろいで聴いているような、そんな感じ。



TULIP脱退とALWAYS結成



TULIPを姫野さん伊藤さんとともに脱退した時はかなり重くて苦しくて深い葛藤があっただろうと思います。
メンバー5人のうち安部さんを含む3人が脱退したあの時、私の中のTULIPは一度終わりました。

今までのメンバーで今まで通りに行われるはずだったI Like Partyツアー、楽しみにして買ったチケットだったのに、中身の違うものを買わされたという裏切られたような絶望的などうしようもなく複雑な感情が渦巻いた大阪フェスティバル。
目の前の財津さんは空回りしていて、顔ぶれが変わっただけでなく音の質までもが変わってしまっていた。様変わりした現実を叩きつけられてしまってとても心から楽しめなかった。
三期メンバーになって一年くらいでついにリタイアしてしまいました。

その後財津バンドとなってしまった(ように感じた)TULIPの解散時に一度は別れた相手に再び手を差し伸べた(と思ってる)のも、後に初期メンバー(ベースは宮城さん)で再結成したのも、結局はお互いに音楽の原点が“あの頃の自分たち”にあったからこそでしょう。

10数年前の再結成ライヴでは昔のライヴ会場にタイムスリップしたかのような、というより「タイムマシーンで今戻ってる!」って本当に感じました。
でもその後何度も何度も『再結成ライヴという名の再結成』が繰り返されることで自分の気持ちがついていけなくなってしまったのです。

思い出は思い出として、でも現実はこうして今目の前に存在する。
若い時とは勢いも体力も情熱も違ってくるし、時代も変化すれば何もかも昔と同じようにしたいと思っても現実がそれを許してくれない。
メンバーが年齢を重ねた分、ファンも同じ数の年を取る。
何もかも若かった昔と同じでいられるはずもない。


作詞:安部俊幸 作曲:姫野達也 という黄金コンビ


 
THE BEST SONGS OF ABE&HIMENO<安部俊幸・姫野達也作品集>THE BEST SONGS OF ABE&HIMENO<安部俊幸・姫野達也作品集>
姫野達也 安部俊幸,TULIP,ALWAYS,THE ALWAYS,安部俊幸,大石学,瀬尾一三,嶋田陽一,青木望
ビクターエンタテインメント
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博多っ子純情  作詞:安部俊幸 作曲:姫野達也


心の旅がヒットする前に生まれた名曲『千鳥橋渋滞』、
博多出身の彼らを象徴する『博多っ子純情』、
安部姫コンビ作品の中でも特に何年も大事に歌われてきた『神様に感謝をしなければ』

TULIPのベスト盤というとおそらくほとんどが財津作品になってしまうかと思われますが、ALWAYS時代も含めてこのコンビで数々の名曲が生み出されました。

『神様に感謝をしなければ』で出てくる
君にもらったレコードもみんな返してしまったよ という歌詞。
いい時代だね。レコードに針を落とすだとか、指紋がつかないようにうまく盤を持って拭いたりとかね。ジャケ買いとかね。

これをCDだとかMP3に置き換えてみてもちっとも情景が浮かばないし情緒もクソもない。
時代が変わってもレコードプレーヤーがなくなっても昔の歌はそのままで歌い継がれていってほしいね。

彼らの歌には郷愁があり、目を閉じれば歌の世界観が広がり物語がそこに浮かんだ。今、そんな歌を書ける人はどれぐらいいるのだろう。
このコンビで新しい曲が生まれることはもうないんだね。



たま~~に歌ってました



夏に別れを  作詞:作曲 安部俊幸  補作詞:財津和夫・吉田彰



こちらは曲も手掛けた数少ないボーカル曲です。
 秋風吹いたら うろこ雲~ 
うろこ雲を見るとこのフレーズが思い出されます。

たま~~に歌うお世辞にもうまいとは言えない歌も聴いててちょっとムズムズする感じが好きだったなぁ。

そうそう、この動画冒頭の財津さんとの掛け合い漫才w 
これはテレビ番組のスタジオ収録用ライヴではありますが、曲の間にこのトークがあるのがいいんですよ。たわいもない内容でもいい感じに会場の空気が温められるんです。

しかしなぁ、この動画の音ズレが激しく気になって仕方ない・・・!!イライラするなぁ。私が修正してあげようか?( ̄∀ ̄) ←ビョーキ


さよならのプレゼント 作詞:作曲 安部俊幸



QUEENの「キラークイーン」を意識して作ったらしい』って、それを知って聴いてみるとうーん、なるほどねぇ・・・
もう少し大人になってからTULIPを聴いてみると初期は特にあれもこれも「ビートルズそのままやん!」っていうフレーズがあったりするのだけど、まぁいいや。
いいんですか?いいんです!(川平慈英風)



著作権は大事だよ。ちゃんとCDを買いましょう。



こうして動画を探しているとやはりつべ動画の邦楽は権利関係厳しいね。しょうがないね。
TULIPがビートルズに憧れたように、日本のギター少年もまたTULIPに憧れてギターを持ったりバンドを組んでやがておじさんになっても
・・・ってそれはいいんだけど、時々本物(本人)演奏のようなタイトルをつけたりその演奏者の画像・レコードCDジャケットをサムネにして載せているコピーバンド動画を見かけます。(TULIPに限らず様々なアーティストのカバーで)
年を取っても好きな音楽を楽しめるのは素晴らしいことですが、あれは敵をつくるだけなので絶対にやめてください。やめてね。マジでやめろ。ぶん殴るぞ!!!
本物が削除されやすいご時世、コピーならコピー、カバーならカバーって名乗らないとそれは詐欺罪です。



ウィットに富んだトーク・エッセイ


 

シンプ(新譜)ジャーナルという音楽雑誌に連載していたエッセイをまとめたこの本の出版記念握手会ってのに行ったなぁ。大阪梅田の紀伊國屋。
当時大阪贔屓(お気にいり)発言が頻繁にあって、関西にはTULIPファンが多かったという印象・記憶。
まぁ大都市だしファンが多いのは当たり前なんだけど、(財津さんじゃないのに)朝から長蛇の列。
あの熱気と、安部さんと握手してメチャクチャドキドキ緊張したのが思い出されます。

この本、安西水丸さんの表紙ですね。同じシンプジャーナルで連載されてましたっけ。
安西さんも数ヶ月前にあちらに旅立たれてしまいました。


   

エッセイもラジオもコンサートでのモコモコトークも、安部さん独特の飄々とした味が私には合ってたみたいでいつも楽しませてもらいました。
さらにこの数年前にアメリカへ一人旅に出かけた時の話をまとめた本があって、あの記憶があったから後にインドへ移住したと聞いても特別驚きはなかった。

安部俊幸Words & Snaps a Group of mine
A4判・全144ページ(内カラー17ページ)
定価:3,500円(本体3,333円⑤)


安部俊幸自らがトータル・ディレクションを担当した『言葉』と『ヴィジュアル』の世界、“Words & Snaps”。本書のために書き下ろしたスペシャル・エッセイと、それからイメージされた写真やイラストで構成され、安部俊幸撮影による未公開フォトも収録。また、オールウェイズの楽曲の中から10曲と安部・姫野コンビによる名曲『博多っ子純情』をプラスした全11曲をセレクトし、ヴィジュアルと歌詞を見開きで掲載、そしてメンバー直筆による譜面も収録した画期的な構成になっています。【収録楽曲:木曜の午後、君と…/夢の旅人/博多っ子純情/海が見てただけ/僕の宝物/ミッド・ナイト・トレイン SUMMER OF '88/明日へ/虹が消える前に/LOVE TIME TRIP/だいじな場面/Sailing Away】
後半には、1986年に安部俊幸・姫野達也・伊藤薫(89年に上田雅利とメンバーチェンジ)・風祭東で結成した『オールウェイズ』がデビューしてからの全スケジュール(イベントを含むオールウェイズが行なった全てのライブの全演奏曲目紹介や、レコーディング、TV・ラジオ出演は元より、果ては打ち合わせやリハーサルのスケジュールまで!!)を詳細に記録した“THE ALWAYS Historiography”も収録。オールウェイズとして、また、安部・姫野・上田・風祭のソロとしての活動が一目でわかる年表形式になっており、もちろん未公開フォトも満載! オールウェイズの全てが詰め込まれた、ファン待望の1冊になっています。(1997年発行)



ライヴでこそ輝きを増すバンド



そんなにたくさん足を運べたわけではないけど、TULIPもALWAYSも観客との対話の中で演奏を昇華できるライヴバンドだったのだと改めて思わされます。
TULIPはアルバムの中でもライヴ盤が占める割合は多い方だと思うし、レコードセールスもメガヒットがあるわけでもないのにライヴは一度体験したら病みつきになる、そんな強力な引力が働く魅力が彼らの演奏にはありました。


8億光年の彼方へ  作詞:作曲 財津和夫

チューリップ-Live Act TULIP the Halo_8億光年の彼方へ(Sound Only)


ライヴだけの、ライヴでないと味わえないライヴ用のアレンジ。
この楽曲は財津さん(およびコーラス)が歌い終わった3:44以降、全体の実に1/3を占める演奏で締めくくられます。
ベートーヴェンの交響曲第九番をミックスした安部さんの壮大なギターソロ、このまま第九のフレーズが続くのかと思わせての5:09で突然の無音。心地よい流れを一旦ズバッと断ち切り何が起こったのかと一瞬思わせた直後でラストをグッと盛り上げるという緊張からの緩和。
観客を前にして演奏する術を熟知した実に見事なアレンジです。
足を広げて体を傾けてギターを弾くあの姿が目に浮かびます。

宮城さんの追悼コメントに出てくる【Mr.335】とは、ギブソンES-335を愛用しているギタリスト ラリー・カールトンの愛称で、同じくギブソンES-335を愛用する安部さんに対し宮城さんが最大の敬意を込めて用いたのだと私は解釈しています。



ALWAYSとTHE ALWAYS



思い出した!
ALWAYSのデビューライヴを新宿厚生年金会館まで聴きに行ったのだけど、会場で買ったCD・これが私が初めて買ったCDでした。
 

この頃はまだレコードとCDが半々で、CDはまだまだ高かったんだよね。レコード持ってるのに意を決して買ったの。「いずれはCDの時代になるから」って。
ALWAYSは多分正式には解散という形は取ってなかったはずだけど、結局自然消滅してしまったのは残念でした。

この動画の中には入っていないけど安部さんボーカルの『しあわせのチャイニーズ・パン』っていう曲が結構クセになるんですよ。中華鍋の歌。


動画主様はおそらく ((( 擬似STEREO ))) 表記動画の方ではないかと思われます。つべのチャンネルを拝見したら非公開動画だらけになっていました。私もジャンルは違いますがつべに動画を出している身ですので動画事情はお察しいたします。

「著作権は大事だよ」って書いたばかりだけど、本音と建前は違うってケースもあるのよ。
こうやって過去の文化遺産を振り返るのにはつべはとても便利で優秀なツール。三期メンバーの丹野氏もFBで動画紹介してた(爆!ギョーカイ人なのにいいのかよ!)
いいんだよ、こういうときはね。都合よくそう解釈しておこう。

明らかな悪質違法行為の動画は別として、皆様が気軽に見ているその動画は裏で動画主様が大変な苦労をされてアップしている事を少しでいいから頭に入れておいていただけたらなと思います。
(どこにでもゴロゴロ転がっているわけじゃないのよぉぉーつい最近まであったはずの動画がなくなってるなんてことはザラにあるのよぉぉー)

動画主様、貴重な映像・音声をありがとうございました。


ここだけ2015年07月06日追記

「夏に別れを」「さよならのプレゼント」の動画が非公開措置になっていました。いつか公開できることを祈ってここでは埋め込みはそのまま残しておきます。
別の動画も追加しておきましたが、動画は転がっているわけでもなく拾えるものでもありませんので、また真っ黒になっていたらそういうものだと思ってください。

動画主様はコアなTULIPファンの方のようです。出来る範囲で最大限のことをやっておられて非公開はその結果だということをご理解願います。



おわりに


このブログはフィギュアスケートに関する記事がメインで、個人的な音楽の趣味(フィギュアスケート以外)に関することはほとんど(あえて)書いてきませんでした。
今回は特別。特別に安部さんの思い出をここに記録しておきたかったのです。

安部さんの事はこれだけではとても語りきれません。
私はTULIPの最初の頃はリアルタイムでは知らなくて年代も少し離れているので、リアルタイムでガンガン見て聴いてきたファンの方々程には安部さんの事TULIPの事を深く知っているわけではありません。
伝説の豪雨の鈴蘭高原ライヴもよみうりランド1000回ライヴもファンになる前でした。
こんな私でも安部さんの思い出はそれなりには持っているので、一個人の話として読んで頂ければと思います。

インドへ居住を移したのも、おそらく自分の死期を察して葬儀はしないで近親者だけで見送るられることを希望したのも、死後二ヶ月も経っての発表も、いかにも安部さんらしい。
彼のファンだった人ならそれはとてもよくわかること。

もうTULIPもALWAYSも再結成はない。
安部さんのいないTULIPが再結成されたとしても、もうそれは違うバンドでしかないの。
ギター弾けるなら誰でもいいってもんじゃないの。安部さんの奏でるギターだからTULIPなの。
他の誰かでは代わりは務まらないの。




東、元気?
安部さんが年齢の離れたあなたの才能と可能性を発掘してくれたことをずっと誇りにしてください。
安部さんから学び吸収したすべてのことを決して忘れないでいてください。



泣きました



ご冥福をお祈りしますだなんてそんなありきたりな言葉は安部さんには言いたくないの。
今はただただ安部さんがもうこの世界にいないという事実が悲しい。


神様に感謝をしなければ  作詞:安部俊幸 作曲:姫野達也


悲しみが思い出に変わるまでにはどれぐらいかかるのだろう。

あの日と同じ雨が降る 今日は心に降りかかる
忘れることを作ってくれた神様に感謝をしなければ

でも私は安部俊幸というギタリスト・アーティストを忘れないよ。
だって私の人生の、細胞の一部に組み込まれてしまったんだもの。

安部姫コンビの名曲はあなたがこの世界からいなくなっても永遠に生き続ける。
だから私はあなたを忘れない。



忘れないよ





安部さんへ

数日前に安部さんが亡くなったとの訃報が届きました。
あまりにも突然の事でまだ信じられません。

去年のTULIPツアー打上げの時も
いつの間にかいなくなってましたね。
いつか理由を聞いた時あなたは、
さよならを言うのは淋しいからと言ってました。
そんな安部さんが大好きでした。かっこよすぎです。

アンコールでいつも肩を合わせて演奏してくれた安部さん。
いつも元気をくれた安部さん。
あの笑顔が忘れられません。
今とても辛いです。でも、あなたの笑顔とあなたの音楽は
沢山の人の心の中にずっとずっと生き続けることでしょう。
安部さん、どうか安らかにお眠りください。

宮城伸一郎


20121021fukuoka.jpg




[2014/09/11]
安部俊幸へ
いつのまにか逝ってしまってた
誰にも何も告げずに
福岡で再会を約束したじゃないか
みんな待ってたよ

君らしい引き際と思った
最後までカッコいいんだよね
7月7日に星になるなんて
僕の引出しには君との思い出が
いっぱい詰まってるから
寂しくなんてないけど
もう思い出はつくれない

☆Tatsuya Himeno☆


優しい男とは☆
例えば、網膜剥離の手術後、僕の視界が殆ど利かない状態でステージに臨んでいた頃。

「最後に前に出てくる時、俺の背中ば目指して歩いて来て後ろに付きやい!誘導しちゃーけん」と、本番前。
そして全ての演奏が終わり、スティックを宙に放ち僕がドラム台を離れた直後、毎回!
「ハイそのまま真っ~直ぐ!」「もうすぐ段があるけん」「ハイもうちょっと前まで」「もう横に出て大丈夫!」。
僕がみっともなく映らないよう、自然に見えるようにとの、素敵な心遣い。

例えば、真夏なステージの後の打ち上げの際、料理が先だったりと、ビールがなかなか出てこない事がありました。
「どうでもいいけん!喉が乾いとう上田のとこにビールば早よう持って行っちゃり~」。

…挙げれば、優しさにきりがありません。


まさとし 



2014.9.11

財津さんからのメッセージ

安部はギターを愛してやまない男でした。
赤いギター「Gibson 335」は彼のトレードマークだった。
42年前のデビュー直前、アコースティックギターに自分でマイクをつけた手製のエレキギターが思い出されます。
TULIPのデビュー曲「魔法の黄色い靴」はこのギターで録音されました。
彼が20歳の頃に出会って44年の付き合い。青春時代をともに生きてきた大切な友人でした。
もう一度ステージで一緒に演奏したいです。
財津和夫



ポールは今年72歳なんだって。安部さんは8つも若いじゃないの。早いよ、バカ!

まだ残暑は厳しいけど、夜は秋の虫の声が響くようになったよ。
空から安部さんのギターの音が聴こえるかもしれないから今夜は窓を開けて耳を澄ましながら寝ます。

さよならは言わない。
ありがとう。ありがとう安部さん。 ずっと大好きです。ずっと忘れません。




2014年09月11日 追記

この記事に驚く程たくさんの方に訪問していただいているようです。
こんな拙いブログと記事を読んでくださってありがとうございます。
よろしければみなさまの思い出もここに書き込んでもらえれば読んでもらっている人達でさらに共有できます。
ぜひコメントよろしくお願いいたします。

訃報を知った後に必死で記事にまとめたのですが、後から思い出されることや関連した情報等をかなりの量追加しました。
(Facebookを埋め込んであると特にページが重いかもしれません。記事も縦にどんどん伸びていってごめんなさい。)
以前読んだ部分とは違う記述も改めて読んで頂ければ幸いです。


去年のTULIPツアー打上げの時も
いつの間にかいなくなってましたね。
いつか理由を聞いた時あなたは、
さよならを言うのは淋しいからと言ってました。
そんな安部さんが大好きでした。かっこよすぎです。

伸ちゃん・・・ そうだったんだね。
私もここで「さよならは言わない」って書いたけど、これを見てやっぱり安部さんにはそんな湿っぽいしんみりした言葉は似合わないって再確認したよ。


上田さんはALWAYSのデビューライヴのあの会場に来ていたと後になって雑誌に書かれていたのを読んだ記憶があります。後に薫さんが抜けて上田さんが加入したのは自然の流れだった。
改まった追悼コメントではなく安部さんの人柄をつらつらと書くことで私たちにもその光景と心情が伝わり、そして胸に深く突き刺さる。


財津和夫という稀有の才能(我の強い、とも言う)はバンドという形態であったからこそ花開いたのであり、安部俊幸なくしては存続しなかったのだと今強くそう思います。(偉そうに言っちゃいましたが)
「財津和夫は」 「財津和夫が」
なぜだかフルネームで呼ぶんだよね、メンバー間では。変に存在しがちな上下関係を緩和させてくれる安部さんが話すあのほっこりとした響きの「財津和夫」が聞かれることはもうない。




安部さんを失ってメンバーの中でも一番キツかったのは盟友・姫野さんだったかと思う。
精一杯絞り出した言葉。胸が締め付けられる思いです。


ライヴの締めを飾るこの曲が好きでした。
7月7日の七夕に流れ星になった安部さん。これから七夕の日は毎年空を見上げて安部さんに思いを馳せよう。
雨が降って天の川が見えなくても、目を閉じてそこに天の川を作ってみせるよ。










70'sを代表するギタリスト チューリップの安部俊幸さんを偲んで
7月7日脳出血のため居住先のインドで死去したチューリップのギタリスト安部俊幸さん。この番組では故人を偲び、チューリップの大ヒット曲「心の旅」、「魔法の黄色い靴」、「虹とスニーカーの頃」、「サボテンの花」などはもとより、安部俊幸作詞、姫野達也作曲の楽曲を中心に、彼らのグループ、オールウェイズの楽曲も放送。また、名曲「青春の影」は、あえてギターソロがフィーチャーされているライブバージョンを選曲。こだわりの番組をお楽しみください。

毎日 0:00~、3:00~、6:00~、9:00~、12:00~、15:00~、
18:00~、21:00~ 3時間番組(シャッフル放送)
放送期間:2014年9月11日(木) 12:00 ~10月31日(金) 24:00まで
10月06日(月) PM16:00~17:20 NHK-FM ミュージックプラザ
つのだ☆ひろさんがパーソナリティの月曜・10/06に番組内で安部さん追悼特集が組まれます。


忘れない。でも少しづつ前を向いて歩いていきます。
悲しみがいつか素敵な思い出に変われるように。

2014年09月16日 追記

急遽動画を制作しました。この記事の続編になります。
こちらの記事もよろしくお願いいたします。


2014年10月07日 追記

上記の続編記事につのだ☆ひろさんの安部さん追悼ラジオ番組に関する内容と、『木馬』とは別のALWAYSの曲を動画にしたものを紹介してあります。
これで本当に区切りとなるでしょう。詳しくはもうひとつの記事をご覧下さい。





9 件のコメント :
  1. 素晴らしい安部さんへの追悼ブログをありがとうございます。

    私もTULIPを追い掛けて40年以上になりました。
    一緒に追い掛けてた友人(安部さんのファン)がここを教えてくれました。
    『博多っ子純情』でじーんとして、『夏に別れを』で涙がこぼれて来ました。
    ALWAYSのライブも行ってたので、同じ会場にご一緒していたかもしれませんね。

    ABE&HIMENOの曲は大好きです。『千鳥橋渋滞』、『神様に感謝をしなければ』、ALWAYSの『好きさ』
    2人の作品集のアルバムが安部さんの生前(まだ実感なくて違和感あります)に出てよかったです。
    もちろん安部さんファンの友人は購入していて、私も友人から借りて聴きました。
    安部さんの詞は繊細で姫野さんの美しいメロディーラインにぴったりです。
    このアルバムを聴いた時、友人と二人して、もっとABE&HIMENOコンビで曲作ってほしかったね、と残念がったものです。
    長々と失礼いたいました。色々思い返されまして…。
    安部さん、みんなこんなに寂しがってますよ。
    ご冥福を祈ります。

    返信削除
  2. ご訪問ありがとうございます。

    デビュー当時からの年季の入った筋金入りのファンの方から見れば誠に拙い内容ではありますが。
    そうですね、きっとどこかのライヴ会場で同じ空間で同じ空気を吸い同じ感動を共有していたのでしょうね。
    TULIPファンはみんな同志ですよ。

    安部さんの一報を聞いて居ても立っても居られなくなってこの記事を必死でまとめて書き上げたものの、書き足りないことや後から出てくる情報などを継ぎ足していったので、縦に伸びてページ読み込みもかなり重いかもしれません。ごめんなさい。

    これでもまだまだ書き足りないのですが、私自身に余裕が出来てくればいつかは安部さんおよびTULIPに関する別記事を書くことがあるかもしれません。
    今はこのブログ的にもこれが精一杯です。
    今持てる気持ちは詰め込んだつもりです。



    正直なところこの記事をこんなたくさんの方々に読んでもらえるとは思っていなかったので、驚き半分と、安部さんがこんなにもたくさんの人に愛されファンの心を掴んでいたのだという事を改めて実感もしました。
    いつまでも湿っぽいのもアレだし、安部さんも
    「そんな顔しないで、笑って笑って!」
    って言ってるから笑えるようになりたいけど今はもう少しだけ思い出に浸って泣いていてもいいかな。


    コメントありがとうございました。

    返信削除
  3. にこにここあら2014/09/14 22:22

    安部さんの訃報を聞いて頭が真っ白になりましたが、信じられなくて涙が出ませんでした。
    ネットでこちらのブログにたどり着いて読み進んでいくうちに涙が止まらなくなりました。
    そうそう、そんな安部さんがいた。
    安部さんのギターを弾く姿、はにかんでMCする姿、いっぱいいっぱい浮かんできました。
    中学2年生からファンになり吉田さんの脱退、安部さんと姫野さんが抜けたとき私のTULIPは終わりましたが
    TULIPの曲を聴けばその時間にタイムマシーンに乗るように戻っていきました
    安部さんのギターを弾き姿、大好きだったなぁ
    安部さんの笑顔、大好きでした
    これからも私の中の安部さんはずっと変わらないと思います
    素敵なブログをありがとうございました

    返信削除
  4. 安部さんのニュースが流れてから5日が経って、もう少し後になって知った人もおられるかと思いますが、ファンの皆さんそれぞれに脳内を様々な記憶が駆け巡り、胸に残る思い出を必死で手繰り寄せていた、そんな日々だったのではないでしょうか。


    安部さんはお別れの会のようなものは望んでおられなかったとのことですが、これから残されたメンバーや親しかったミュージシャンが特別変わったイベントをやるでもなく今まで通りに活動していくことがなによりも安部さんが喜んでくれるのではないでしょうか。
    そういう人ですよ、安部俊幸という人は。


    押入れの奥深くに眠っているはずの昔の切り抜きや本・ファンクラブの会報等で差し支えのなさそうなものを紹介できたらいいなぁと漠然と考えているのですが、なにせこういうブログなものでして、いつになるのか、またそれが実現できるのかどうかは不明です。


    ALWAYSの小さくて細い会報誌はさっきチラチラと目を通しましたが、ネットもまだない時代だから会員の実名とか住所とかガッツリ載ってました。
    昔の音楽雑誌もそうでしたね。掲示板で『TULIPファンの方、お友達になりましょう』みたいな。
    今ではとても考えられないことですがあの時代はそれが普通だったし、交流を持とうとしたり情報を得ようと思ったらそれぐらいしか手段がなかったし。
    今の時代にはない熱気というものは確かに存在していたんですよね。


    いつまでも昔を振り返ってばかりもいられないけど、今は振り返ってもいいですよね。
    これまでTULIPに関する事は書いてこなかったこのブログなのに多くのTULIPファンの方々にこの記事を読んで頂けて、今この悲しみとそれぞれが抱える大切な思い出を共有できているのであれば、それは安部さんが繋いでくれた素晴らしいご縁なのではないでしょうか。


    こうして安部さんは私たちの心に永遠に生き続けるから、だから私はさよならは言いません。
    ご訪問ありがとうございました。

    返信削除
  5. みーちゃん2014/09/18 14:01

    突然の訃報に、何が何だか分からず、呆然としながらネットを見ると、信じられない現実がありました。
    だって、去年のライブでは、歌声も披露して、あんなにお元気だったのに・・・
    73年に「心の旅」でチューリップの存在を知り、それからは、FCにも入会して、ライブによく行っていました。今でも、メンバーがしゃっべているソノシートがあるんですよ。
    50周年は体力がきついだろうから、次は45周年だ!と願っていたのに残念でなりません。
    心に穴があいてしまってボーっとしたり、最後まで安部さんらしく幕を下ろしたんだなと納得してみたりの繰り返しで、今日に至っています。
    本当に素晴らしい安部さんへの追悼ブログを拝見し、40周年来のチューリップとの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡っております。
    人生には誰にでも終わりが訪れることはわかっていたけど、あまりに突然で、あまりに早すぎて、でも、安部さんらしくてと混乱していますが、チューリップも安部さんのギターも、永遠に不滅です!

    返信削除
  6. たーみん2014/11/17 1:30

    私のアドレスはes-335から始まります。車のナンバーも335です。携帯の番号も0335です。全ては安部さんのギターの憧れからです。私は54歳です。今でも車の中で初期のチューリップのライブを聴いています。でももうこのギターを弾いている人はいないんだと思うと切なくなります。若い頃の財津さんが、当時はまだマイクにコードがあって、そのコードを引っ張りながらステージ狭しと走り回りながらMCをしている姿を、それをまだレコードになる前の「夕陽を追いかけて」を演奏するためにストラトキャスターの準備をしながら見ていた安部さんを思い出します。
    長い指で独特の指使いでギターを弾いていた安部さんの姿は、私の中に心に永遠に生きています。

    返信削除
  7. コメントありがとうございます。
    安部さんのギターにちなんだ云々は、ネット上でこれをそのまま掲載して差し障りがあっては良くないとの私の判断で勝手ながらこちらで修正させていただきました。

    安部さんの訃報を知ってこの記事を書いてからまだ二ヵ月ちょっとしか経ってないんですね。なんだか随分前のように感じます。

    時々ふと思い出してはやはりまだ信じられない・信じたくないという切ない気持ちになってしまいますが、ファンの皆様もまだ現実のものとして受け入れられない方が多いように感じます。

    さっき久し振りにTULIPのFBを覗いてみてこれを見てグッときてしまいました。
    https://www.facebook.com/video.php?v=583705995012018&permPage=1



    いつまでも悲しんでいても安部さんはしんみりしたのは好まないだろうから、やっぱりファンはそれぞれにこれからの日々を懸命に生きることがなによりなのではないかなぁと思います。
    年季の入ったファンの方々にもこのような拙い記事を今でも見ていただけることに感謝致します。

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  8. たーみん2014/11/17 18:34

    お気遣いありがとうございます。
    昨晩、RQ様のこのブログを拝読いたしまして、また安部さんやチューリップのさまざまなことが頭をめぐりました。
    ギターを少しかじっていたため、どうしても安部さんを重点的に見ていましたが、今まで私を熱くさせてくれたチューリップには本当に感謝です。RQ様も思いの詰まったブログをありがとうございました。

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  9. 同じファンでもそれぞれの観点がありますね。
    私はメンバー個々の個性も楽しみつつ、コーラスワークを含めたバランスの取れた心地よいサウンドが好きでした。

    ご覧のようにこのブログはフィギュアスケートがメインで、他ジャンルは余程のことがない限りは取りあげないというブログです。
    安部さんの訃報で一気に二つの記事を書いて、今(書いた当時)書けるだけのことはここに詰め込みました。
    今後安部さんおよびTULIPのことを書けるかどうかはわかりませんが、思い切って記事として記録に残したことでたくさんのTULIPファンの方々にご訪問頂き読んでもらえて、皆さんと気持ちを分かち合えたことに私からも心から感謝したいです。

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