ソチ五輪金メダルの羽生結弦(20=ANA)が日本人初の2連覇をあとわずかで逃した。ショートプログラム(SP)1位から、フリーは175・88点。4回転ジャンプのミスから巻き返したが、合計271・08点で2位に終わった。度重なるアクシデントに見舞われた今季。万全でない状態で戦い続けた経験を今後の糧にする。優勝はハビエル・フェルナンデス(23=スペイン)。
 羽生が語気を強めて、繰り返した。「最後までこのリンクで、特にこのリンクで最後まで滑りきることができたのは、まず本当に良かったな」。昨年11月8日の中国杯で中国選手と激突し、流血までした会場。そこで力を出し切り、頂点にあと1歩に迫った。「負けて悔しい。いろいろなことを言うと、自分の気持ちを伝えきれないので、その一言です」。複雑な心には安堵(あんど)もあるだろう。
 苦境からの挽回。まさに今季を体現するような演技展開だった。冒頭の2つの4回転ジャンプが失敗続き。サルコーは2回転になり、トーループは尻もちをついた。体力を奪う転倒。ただ、そこからが不屈だった。失敗から立て直し、「脚がフワフワしちゃった」と感じながらも以降のジャンプ、スピンを決め続けた。終盤までスピードも落ちない。会場総立ちでフィニッシュを迎え汗まみれの顔で肩をすくめてはにかんだ。
 昨年末、悩まされた腹痛が「尿膜管遺残症」と診断され、緊急手術を受けた。怖かったのはへそがなくなること。横一文字に開腹するかと思い、不安でたまらなかった。「おへそを作って下さい」と懇願した。執刀医の腕前で半円形にメスを4センチほど入れて事なきを得たが、尿膜管を摘出した後は痛みでうめいた。
 術後、都内の病院に入院。寝返りさえ打てない状況に「つらい」とこぼした。除夜の鐘が鳴る時も、1月12日の成人式の日もベッドの上。記念写真の1つも撮れなかった。手術痕には縫合した糸が残る。
 1月には右足首を捻挫。歩けないほどの重傷で、いまでもテーピングが必須。影響で、大会前の練習は1日1~2時間、週3日ほど。ジャンプの鍵を握る下腹部に力が入らず、本来の高さや回転速度に足りないのも無理なかった。それでも、最後まで踏ん張った。
 激突の後遺症の不安も尽きない。腹部の異常は、激突から約1カ月後。医者は関連性はないとしたが、関係者は「また何か出るか不安」と話す。頭部も含め、今後は定期的なMRI検査を受けるという。
 万全には程遠く戦い抜いたことを今、誇りに思う。
 羽生 今シーズンは山あり谷あり。良かったり悪かったりの繰り返しだったけど、スケート人生だけじゃなくて、僕の人生の中で生きてくる。よくここまで奮い立たせて頑張ってこれた。自分を褒めてあげたい。
 五輪王者が翌シーズンを戦うことすら、近年まれだった。引退か休養が通例。五輪→翌年の世界選手権と優勝すれば42年ぶりの快挙だった。負けた相手は練習仲間のフェルナンデス。負けず嫌いの心にも火が付く。苦難の道の先に栄光があると信じ、歩む。【阿部健吾】