20150223





成功者の生き方から学ぶ人生のヒント(第9回)

山田満知子~空前の『伊藤みどり狂騒曲』の渦中に

 ビジネスパーソンとして企業に在籍していると、たまたま自分が担当している時に大きな出来事が発生し、自分の思惑とは関係なく出来事の中心に押し出されてしまうことがあります。その道の専門家でないにもかかわらず、その時の会社での立場上、逃げられなくなってしまうこともあります。
 フィギュアスケートファンにお馴染みの山田満知子コーチも、そのような境遇を経験している人です。自分がコーチをしているスケートクラブに伊藤みどりさんが入会したことで、子供たちに教えていた“スケートの先生”は世界のフィギュアスケート界の中心へと押し出されていきました。
 今回は、ビジネス人生においては望むと望まざるとにかかわらず、大きな出来事に巻き込まれてしまうことがあること、そして大きな出来事に巻き込まれた時にはどのように対処すれば良いのかについてお話ししたいと思います。

無名のコーチに日本の宝を預けられないという声
 日本のフィギュアスケート界で名コーチのひとりに挙げられる山田満知子コーチ。伊藤みどり、浅田真央の2人の世界的なフィギュアスケーターをはじめ、小岩井久美子、恩田美栄、中野友加里などの有力選手を育てたことで知られ、現在は村上佳菜子宇野昌磨の両選手が世界を舞台に活躍しています。
 名古屋市出身の山田コーチは大学に入学したところで現役を引退しました。その後、所属していたクラブからコーチの誘いがあり子供たちにスケートを教えるようになります。ご本人も述べていますが、元々は選手強化型のコーチではなく、スケートのすそ野を広げる普及型のコーチでした。そして子供たちの中にいたのが伊藤みどりさんです。
 みどりさんのことが東京に知られるようになると、日本スケート連盟が山田コーチに色々と注文を付けてくるようになります。今でこそ日本のフィギュアスケートの中心と言えば名古屋と仙台ですが、当時、有力選手は東京のコーチが指導するのが常識でした。
 山田コーチは年上の有力コーチから嫉妬の感情を抱かれるようになります。現役時代にそれほどの実績もなく有力選手のコーチ経験もない彼女に対して、「あの子に何ができるの?」という陰口が聞こえてきたそうです。また、米国の有名コーチの元へ、みどりさんを留学させる計画が山田コーチの知らない間に進められたとも聞きます。
 米国行きの話しが出た時に、山田コーチはみどりさんに米国に行くかどうかを確かめたそうです。その時のみどりさんからの返事は「行きたくないです」というものでした。そして、みどりさんは山田コーチの元で世界を目指すことになりました。

巻き起こった『伊藤みどり狂騒曲』
 ジュニアの頃から注目されていた伊藤みどりさんは、1988年のカルガリー五輪のフリー演技で5種類の3回転ジャンプを成功させ5位入賞を果たします。そして、この活躍によって日本中が4年後のアルベールビル五輪での金メダルを期待するようになりました。
 みどりさんは女性層に絶大な人気があったことから、スポーツニュースだけでなくワイドショーでも取り上げられるなど、みどりさんへの取材が過熱していきます。そして、国際オリンピック委員会(IOC)のサマランチ会長が「アルベールビル五輪の最大のヒロインはミドリ・イトウだ」とコメントします。
 オリンピックイヤーの1992年になると、山田コーチはみどりさんと一緒にさらに世界の中心へと押し出されていきました。連盟は取材攻勢からみどりさんを守るために、財界の支援で秘密の練習基地を確保するなど『伊藤みどり狂騒曲』は最高潮に達します。
 五輪本番のショートプログラムでみどりさんが3回転ルッツで転倒した瞬間、日本中がため息に包まれました。そしてサマランチ会長から日本チームに対して、「みどりはこの大会で最大のスターなのだから、しっかりしてくれないと困る」というクレームが入ります。
 狂騒曲は、子供たちのスケートの先生だった山田コーチに最後までプレッシャーをかけ続けました。
 みどりさんは、2日後に行なわれたフリーでトリプルアクセルを成功させ銀メダルに輝きました。演技後のキス&クライでは、山田コーチはみどりさんと一緒にスタンドにいるサマランチ会長に笑顔で手を振るシーンがありましたが、彼女の表情からは重圧から解放された安堵感が漂っていました。
 その後、山田コーチは子供たちへの普及をベースにしながら、選手強化にも手腕を発揮していくことになります。

後ろを向いて逃げると襲われるという真実
 社会人生活を送っていると、逃げ足の速い人を見掛けることがあります。トラブルになりそうだと思うと、ひたすら逃げることだけを考えるのです。そして安全圏に逃げたと確信できると、遠くの方から残された人をフォローする振りをするのです。
 一方、逃げ足が遅くいつもトラブルに巻き込まれてしまうタイプの人もいます。このような人は周囲から見ると「機を見るに鈍」と思えるかもしれませんが、私はこのような人はトラブルから逃げない人なのだと思っています。
 話しは変わりますが、『愛と哀しみの果て』という映画をご覧になった方も多いことと思います。1985年度のアカデミー作品賞を受賞した名作ですが、この映画で主人公のメリル・ストリープがアフリカのサバンナでライオンと対峙してしまうシーンがあります。
 「ライオンに食べられてしまうかもしれない」という恐怖感を覚え立ちすくんでいる時に、共演のロバート・レッドフォートがどこからともなく現われ「ライオンから目を逸らすな」と声を掛けます。そして「ライオンは君が餌かどうかを見極めている」と言います。映画ではライオンから目を逸らさなかったことでライオンの方から去っていきます。
 ビジネスの世界でも同じことが言えます。絶体絶命のピンチに遭遇してしまった時には目の前の現実から目を逸らしてはいけません。逃げずに前を向いてさえいれば危険が少しずつ遠のいていくものです。

逃げなかったことを周囲の人は見ています
 『伊藤みどり狂騒曲』では山田コーチも逃げ出したくなったことがあったかもしれません。それでも、山田コーチは最後まで現実に背を向けることはありませんでした。
 銀メダルを獲得した後にテレビ各局が街頭インタビューを行ないましたが、ファンからは金メダルを取れなかったことを非難する声はなく、銀メダルを取れたことに安堵し、祝福する声が多く聞かれました。当時を知るファンの間で今も山田コーチが支持されているのは、あの時に彼女が逃げなかったことを憶えているからでしょう。
 ビジネスパーソンにおいては、偶然その場に自分がいたというだけで責任を背負わされてしまうことがあります。社内異動で広報部長に就任した直後に会社の不祥事が明るみに出ることもあるでしょう。また、残業中にたまたま取った電話が消費者からの大クレームということもあり得ることです。
 自分の意思に関係なく物事の中心に押し出されてしまった時に大切なことは、“逃げない”ことです。これまでのキャリアで経験したことのない状況の場合は攻めに転ずるのが難しいことから、守勢一方になってしまうことでしょう。そのような状況になったら、その場に立ち続けているだけでも構いません。
 また、頭の中が混乱してどうして良いのか分からない時、足がすくんで前に踏み出すことができない時、唇がわなわなと震えて言葉が出てこない時には、じっと前を見続けているだけでも良いのです。目の前で起こっていることをしっかりと目に焼き付けた経験は、今後のビジネスライフに必ず生かされます。
 相手の前に立ちすくんで何もできない時は、ますます相手から罵詈雑言を浴びせられることもあるかもしれませんが、さらなる集中砲火を浴びることがあっても、前を向いていれば道が開けてきます。
 なぜなら嵐は必ず去っていくからです。



  
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